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天使になれる人

あまり映画を観て泣くことは無いので、たまに涙が出てしまう映画に当たると、私を泣かせた映画としてとても印象に残る。
去年観た映画の中で、私を泣かせた映画は二つだけ。
ひとつは『エンド・オブ・ウォッチ』、もうひとつは『魔女と呼ばれた少女』だ。
『エンド・オブ・ウォッチ』は新米の警察官のジェイク・ギレンホールと、相棒のメキシコ系の警察官が二人でLAを巡回するもの。 ジェイクは自分の仕事をドキュメンタリーにしたくって、勝手に仕事中にビデオカメラを回す。 だから、映画は流行のPVOタッチだ。 なので、とっても臨場感が増す。
何処で泣いたかというと、完全ネタバレなんだけど、相棒のメキシコ系の警官がチンピラに撃たれて死んじゃうところ。 警官が悪者に撃たれて仕事中に死んじゃうドラマなんて限りなくあるんだけど、この映画に限っては、あまりにも無念さが残った。 だって、この二人の警官は極々普通の私やあなたたちのように描かれているんだもの。 普段はヒーローになりたいなんて微塵も考えてないの。 バカ話をしながらパトロールをし、悪党とも、ふざけて格闘してみたり、危険な任務を執行しているっていう、自覚が無いみたいなのね。
しかし、危険が迫ると、急に緊張感がビビーンと高まり、戦士になっちゃうのね。
この警官の妻は現実的で、人を助けるために自分が死んじゃうなんてバカだ。 残された妻と子供はどうなるの? って台詞を吐いちゃうんだけど、それはそのまま私の考えだ。 自分が死んじゃぁ、元も子もない。
町をパトロールする平の警官なんだけど、その町がロサンジェルスだから、ギャング闘争、麻薬密輸など、まるで戦場と同じ。 警官なんて安給料だろうし、そんなんで、からだ張ってギャングのアジトに潜り込むなんて割に合わない。 他にも、火の粉に包まれた家に飛び込んで、中の人を危機一髪で助け出すとか、なぜ出来るの? 私には理解できませ~ん!
他人を助けるために命を落とす人は、ヒーローになりたいなんて思っていない。 無力な人間の目の前に死が迫っているのを目撃したら、助けずにはいられない。 そういう本能を人は持っているんだ。
私も人だけど、そんな本能はもっていないような気がする。 今までそんな状況に立たされたことないけど、きっと私は友達ですら見捨てて、一人で逃げているような気がする。 家族だって見捨ててしまうかもしれない。 だって自分が死んだらおしまいじゃん。 オマエ、最低な人間だな、って言われそうだけど、みんな、自分の命を捨ててまで人を助けることが出来るの? 
私は死の恐怖に常に感じているほうだと思う。 別に危険な環境に住んでいるわけではなく、人間誰でもいつかは死ぬのだ、と考えるといたたまれなくなってしまう。 普通の人はたぶん日常的にそんなことを考えはしないと思うけれど、私は常に考えてしまう。 夜寝る前とか、一人でぼぉっとしている時とかね。 だから、死ぬのも怖がらない英雄になれたら、どんなに楽かと思う。 
人間は生きていくために本能として死を怖がる。 でも常に怖がっていたら、日常の機能を果たせないので、普段は意識の下に閉じ込めている。 意識化に閉じ込められない人は手を何回も洗ったりと、潔癖症と診断されるし、本能を克服しちゃっている人、または本能が意識下から浮かび上がらない人がヒーローになっちゃうんだよね。
私は意識の下から這い上がってくる恐怖を必死で閉じ込めようとしている。だから、こんな映画を観ると、なんか神様級な人間を観たようで、感動して涙か出るの。

*死に対する恐怖について、Ernest Becker の書いた 『The Denaial of Death』を読むと、少し理解できます。 翻訳書も『死の拒絶』という題名で昔出てたみたい。 

もうひとつの私が泣いた映画『『魔女と呼ばれた少女』はまた次回に書くことにする。 今日はここまで。

 
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